東北関東大震災にふれて
あの大きく長い揺れから一週間が過ぎました。
前回の記事において、今回の大震災の発生に触れて、関東地方に在住のみなさまを想定して帰宅困難についてのコメントをいたしましたが、事態は想像以上に深刻であることが徐々に判明し、心を痛めていました。
匿名の、社会問題を扱うというわけでもないこのブログに、今回の大震災について書くことの意義について自問いたしますが、それでも私と直接に接点がある方も少なからずいらっしゃいますので、ここに思うところを書きたいと思います。
本ブログで掲げているガストロノミーですが、これもまた他の余興や娯楽と同様で、衣食住が足りているところに成り立つものと考えています。
現在私の住む関東地方もまた一部は大きな被害を受けていますが、それでもそのような被害のない場所も多くあり、私の住む界隈も基本的なインフラが断絶するような事態には至っておりません。
その点では、美食体験を続けることは可能といえます。
外食もまた機会があれば、と思いますが、一方で、その日の糧に苦しむ方がいる中で、積極的に美食を楽しむという心にはなりにくいのもまた真実です。
今回のことで首都圏の人にも、生活に少なからず相応の影響が出ています。停電や交通手段の減少があり、店には特定のものが品薄の状態になっています。ただでさえ数少なくなった電車に、人身事故の発生がそこに追い打ちをかけるように起こって、電車が止まる事態も起きています。この状況で一時間の運転見合わせはきついです。
これまで日本に戻ってからというもの、とても便利な生活を享受して、快適な暮らしを続けてきました。今回の節電で、コンパクトに暮らす心がけをもったことはとてもよい体験だったと感じています。欧州で体験したように、不便さが人としての成長を促す面も侮れないと思っています。
今回の大震災で家族を失い、家を失った方々には、かける言葉も見つかりませんが、多くの方の有形無形の応援が必ずありますので、今の困難を是非乗り切ってほしいと心より願っています。自分にできることはわずかですが、それでも貢献ができることがあれば協力したいと思っています。
また、今は大学の卒業式の時期でもありますが、いくつかの大学では中止になった旨をニュースで知りました。私の母校でも安田講堂での授与式はないようです。これまで勉強をがんばってこられて、せっかくの晴れの機会がなくなるのはご家族共々さみしいことと思います。
それでも、こうした不便を担うこともまた、同時代に生きる被災しなかった者のつとめかもしれません。また、落ち着けば、改めての式の機会もそう遠くはない時期に巡ってきましょう。
このような中でもそれぞれの人生は続いていきます。普段の生活を普通に続けていくことが、その場その場に生きる人にとって大切なことではと思っています。
同じ日本にいて、同じ時代に生きる者として、今回の大震災で被災された方々のことを日々心に留めながら、自分もまた自分の道をしっかりと生きていきたいと思わされています。
また日をおいて、ガストロノミーの体験を綴る時を持ちたいと願っています。
個人的な思いの丈でしたが、最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
前回の記事において、今回の大震災の発生に触れて、関東地方に在住のみなさまを想定して帰宅困難についてのコメントをいたしましたが、事態は想像以上に深刻であることが徐々に判明し、心を痛めていました。
匿名の、社会問題を扱うというわけでもないこのブログに、今回の大震災について書くことの意義について自問いたしますが、それでも私と直接に接点がある方も少なからずいらっしゃいますので、ここに思うところを書きたいと思います。
本ブログで掲げているガストロノミーですが、これもまた他の余興や娯楽と同様で、衣食住が足りているところに成り立つものと考えています。
現在私の住む関東地方もまた一部は大きな被害を受けていますが、それでもそのような被害のない場所も多くあり、私の住む界隈も基本的なインフラが断絶するような事態には至っておりません。
その点では、美食体験を続けることは可能といえます。
外食もまた機会があれば、と思いますが、一方で、その日の糧に苦しむ方がいる中で、積極的に美食を楽しむという心にはなりにくいのもまた真実です。
今回のことで首都圏の人にも、生活に少なからず相応の影響が出ています。停電や交通手段の減少があり、店には特定のものが品薄の状態になっています。ただでさえ数少なくなった電車に、人身事故の発生がそこに追い打ちをかけるように起こって、電車が止まる事態も起きています。この状況で一時間の運転見合わせはきついです。
これまで日本に戻ってからというもの、とても便利な生活を享受して、快適な暮らしを続けてきました。今回の節電で、コンパクトに暮らす心がけをもったことはとてもよい体験だったと感じています。欧州で体験したように、不便さが人としての成長を促す面も侮れないと思っています。
今回の大震災で家族を失い、家を失った方々には、かける言葉も見つかりませんが、多くの方の有形無形の応援が必ずありますので、今の困難を是非乗り切ってほしいと心より願っています。自分にできることはわずかですが、それでも貢献ができることがあれば協力したいと思っています。
また、今は大学の卒業式の時期でもありますが、いくつかの大学では中止になった旨をニュースで知りました。私の母校でも安田講堂での授与式はないようです。これまで勉強をがんばってこられて、せっかくの晴れの機会がなくなるのはご家族共々さみしいことと思います。
それでも、こうした不便を担うこともまた、同時代に生きる被災しなかった者のつとめかもしれません。また、落ち着けば、改めての式の機会もそう遠くはない時期に巡ってきましょう。
このような中でもそれぞれの人生は続いていきます。普段の生活を普通に続けていくことが、その場その場に生きる人にとって大切なことではと思っています。
同じ日本にいて、同じ時代に生きる者として、今回の大震災で被災された方々のことを日々心に留めながら、自分もまた自分の道をしっかりと生きていきたいと思わされています。
また日をおいて、ガストロノミーの体験を綴る時を持ちたいと願っています。
個人的な思いの丈でしたが、最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
- 関連記事
-
- 築地銀だこ(東京駅八重洲地下街)
- 東北関東大震災にふれて
- 食ったら書く!!食べ物ブロガー大反省会 2010(青海)